「自立=一人で生きること?」という違和感|孤立を生まない“頼り合い”の社会へ

コミュニティ

「自立=一人で生きること?」という違和感

私たちは子どもの頃、「自立することが大人になること」だと教えられてきました。

自分のことは自分でやる。
人に迷惑をかけない。
頼らずに生きていく。

それが立派な大人の姿だと。

でも、その結果、孤独やしんどさが増えている気がする。
そんな違和感を、私はずっと感じています。

日本では毎年、多くの人が自ら命を絶っています。
ニュースで大きく扱われることは少なくても、それだけ多くの人が、誰にも頼れずに苦しんでいる現実があります。

これは本当に、個人の弱さの問題なのでしょうか。
それとも、「一人で頑張ること」が美徳になりすぎた社会の問題なのでしょうか。

自立が孤立にすり替わった瞬間

辞書で「自立」を引くと、

他者や組織からの支配・援助を受けず、自分の力で生きていくこと。

と書かれています。

言葉だけ見ても、「ん?」と違和感があります。
果たして、この世界に自分の力“だけ”で生きている人はいるでしょうか。

食べ物は誰かが育て、
誰かが運び、
誰かが売っている。

家は誰かが建て、
道路は誰かが整え、
電気は誰かが管理している。

私たちはすでに、無数の支えの中で生きています。

それなのに、いつの間にか

  • 自立=一人で何でもできること
  • 頼らない=立派
  • 迷惑をかけない=大人

という空気が広がっていきました。

自立は、孤立とほとんど同じ意味になってしまったように感じます。
助けを求めることは、どこか恥ずかしいことのように扱われる。

でもそれは、
“孤立の美徳化” ではないでしょうか。

自然界には「完全な自立」は存在しない

森を見ていると、完全に自立している存在なんてありません。

木は地中で菌とつながり、
大きな木は小さな木に栄養を分け、
落ち葉や動物の死骸は微生物によって土へと還っていきます。

一本で立っているように見える木も、
見えないところで無数の支えの中にいます。

むしろ、周囲と切り離された一本の木は、強風や豪雨に弱い。

人も、きっと同じです。

社会やコミュニティの中で、どれだけ頼れる関係を持てるか。
それが本当の意味での強さなのではないでしょうか。

健全な依存と、不健全な依存の違い

依存という言葉は、どこか悪い響きを持っています。

でも本当に問題なのは「依存」そのものではなく、
関係が固定してしまうことです。

健全な依存とは

関係が“循環”している状態。

  • 頼る・頼られるが一方向ではない
  • 今は助けてもらい、別のときに助け返す
  • 「できない自分」を隠さなくていい
  • 一人でも生きられるけれど、一緒のほうが豊か

自分の足で立ちながら、手はつないでいる。
そんな関係です。

不健全な依存とは

関係が“固定”してしまった状態。

  • いつも同じ人が支える/支えられる
  • 断ると罪悪感が生まれる
  • 「あなたがいないとダメ」という前提
  • 成長や変化が止まる

これは依存というより、関係が硬直してしまっている状態です。

分かれ目はどこにあるのでしょうか。

それは、
「選べるかどうか」 です。

頼ることも選べる。
距離を取ることも選べる。
一人でやることも選べる。

選択肢がある関係は健全で、
選べなくなった瞬間、しんどさが生まれます。

社会は長い間、「依存は悪いものだ」と教えてきました。
その結果、本来必要だった健全な依存まで切り捨ててしまったのかもしれません。

助けを求めることは、信頼すること

「助けて」と言える文化は、
弱さの文化ではなく、信頼の文化です。

誰かに頼られると、少し嬉しくなった経験はありませんか?

「あなたを信じています」と言われているようで、
その人との間に橋がかかるような感覚が生まれます。

助け、助けられる。
その循環の中で、人間関係は育っていきます。

これからの成熟とは

私は、今の社会に必要なのは、
成長や成功だけではなく「助け合い」だと思っています。

人は一人では弱い。
その事実を否定するのではなく、受け入れる。

気軽に頼り合える社会こそが、成熟した社会なのではないでしょうか。

そんな想いから、私は自分の暮らす町で「よりあいどころ」という場を立ち上げました。
よりあいどころInstagramページ

映画鑑賞会や対話会、子ども用品の交換会。
特別なことではありません。

ただ、人が顔を合わせ、
「ちょっと困っていて」と言える場所をつくりたいと思ったのがきっかけです。

もしかしたら大人になるとは、
一人で立てるようになることではなく、

「助けて」と言える場所を
自分の周りに育てていくことなのかもしれません。

あなたは、困ったときに「助けて」と言える人が何人いますか。

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